BはCになる。AはBをする。つまりAはCになりたい。完璧な推論だね。
大人はずるい。子どもに「チョコはおやつの時間だけ」なんて言うくせに、ともすれば「チョコはだめ。虫歯ができちゃうからね」とか言うくせに、舌の根も乾かぬ夜半、子らの寝ているすきにリビングでこっそりチョコを食べたりする。
こっそりしていたならまだいい。こっそりチョコを食べる状況に嫌気が差してきて、いよいよ開き直って子どもの前で食べ始めたりする者まで出てくる。
そう、私のような。
いつもなら子どもらが寝静まるのを待ってからアイスを貪っていたのに、その日はなんだかとっても疲れていて、自分も早く寝たいし、だけどアイスは食べたいもんだから、そうだじゃあまだ子どもたちリビングで遊んでるけど、食べちゃえばいいんじゃんと思い立って、何食わぬ顔でチョコモナカジャンボを取り出して食べてたわけ。私の大事なチョコモナカジャンボね。
でまあ見つかるわけ。娘(4)に。
あれ? ママなにしてんの? と不思議そうな顔をして、ソファの私の横に座って、真剣な眼差しでチョコモナカを見つめること、10秒。
「ねえなんで食べてるの?」
はいきた。きたよその質問。4歳児が朝から寝る直前の瞬間まで発する言葉「なんで」が、20時のチョコモナカを見過ごしてくれるわけがない。
「もう疲れてんママ」
いかにも疲れましたという顔でアイスを食べすすめる。ふぅ、と息を吐いたところ、横から大仰なため息が聞こえた。
「はぁ〜〜〜。ねぇ娘ちゃんもつかれた…」
そうじゃねえ。疲れたからアイスを食べるというそのシステム理解は間違ってはいないけど、合ってもいない。そして疲れた演技がうまいな君は。
「いやムリムリムリ。娘ちゃんはもう歯磨きしたやろ? ママはまだしてないし」
はい勝ち。このレスバママの勝ち。歯磨きしてないのを偉そうにドヤるのどうなんと思うけど、でも勝ち。
えぇ〜…娘ちゃんもたべたいぃぃぃ、とぐずる娘。言い返せないだけで納得なんか全くしていない。昼なら一口もらえるのに。歯磨きさえしていなければ。っていうかなんでママはあたしの歯磨きの終わったこんな時間に食べちゃうんだろう?
…というようなことを考えたのだろう。
「ねぇなんで夜にたべるのぉ」
「ぐ。いや、だから、ママは大人やから。大人はまだ起きてるかr
「パパはねー、娘ちゃんの言ってることが正しいと思うで」
脇腹を刺された。味方だと思っていたやつが実は敵だった。敵は本能寺にあり。おのれ寝返りやがったな。明智は笑っていた。
「夜にアイスなんか食べたら太るだけやし、パパは大人やけど夜にアイスなんか食べないよ」
9時に子どもらと一緒に就寝するやつが言うな。もっと遅くまで起きるときはアイスくらい食べ…食べてないな。食べへんねんこのひと。お菓子とか全然食べへん。ふざけんなまともすぎるやろ。
「そうやで太るねん。夜にアイス食べたら太る、でもママは食べるねんアイスを」
ぜったい止めない。止めてなるものかこの右手を。必ずこのジャンボモナカはいま、ただちに食べきる。
開き直りすぎて裏返しになりながらアイスをもりもり食う母を見て、娘はまた不思議そうな顔をした。そしてゆっくりこう言った。
「ねぇ、ふとりたいの?」
私は悲鳴に近い声で、「太りたくなぁい!」と叫んだ。
「太りたくないけどアイスは食べたぁい! ママは一日の終りにこれを食べるのを楽しみにしているんだぁーーーー」
叫びながらアイスを食べ続ける私の姿を見て、明智が「人間って不思議だよね。大人っておかしいよね」と笑った。うるせえ本能寺は焼け野原じゃ。
あくる朝、洗濯物を畳んでいると娘が私の隣に来て、諭すようにゆっくりとこう言った。
「あのね、夜にアイスを食べたらね、虫歯になったり、太っちゃったりするけど……でもね、ママは食べていいから。ね?」
すごく丁寧に、優しく。彼女なりに考えてくれたその言葉はこの胸を貫き、もうチョコモナカジャンボなんか食べられないという気持ちになるかと思いきやそんなことで愛は途絶えることもなく、ただ私は再び、それを子どもたちが寝静まったあとに食べる生活に戻ったのだった。